2013年末からダイエット目的で始めたジョギングだったが、いつの間にかフルマラソンを完走したい!という目標を持ちはじめるようになる。
2015年3月初めてフルマラソンに挑戦。初フルの洗礼をあびる。どうしたら目標タイムて走れるか?ダラダラとジョグばかりしていても目標タイムはクリアできない、
それからは「毎月の走行距離を200㎞」を決め、主に平日の早朝と仕事が休みの週末に走った。
そのころ腰痛はどうだったかといえば、特に問題はなかった。しかし、いま思えば50代も半ば、陸上経験もない未経験者が無理をしたことが、その始まりだったのかもしれない。
そう「フルマラソンを走るということ」は「無理をすること」、かっこよく言えば「自分の限界に挑戦すること」
脊柱管狭窄症になってしまった原因は、この「無理をすること」、「無理をしてしまったこと」
2016年3月にサブ4を達成してから、つぎの目標に向かって、さらに「無理をすること」になる。この頃は、毎月「月例湘南マラソン」に参加、年3回のフルマラソン、その合間をぬってハーフマラソンにエントリー。そして2018年の柴又60kを完走したあと、地元の練習会に参加する。
この練習会は、サブ3ランナーからサブ4を目指すランナーまで多くの人が参加している。練習会の主なメニューは時間走とインターバル。
練習会のおかげで、走るたびに記録(タイム)を更新し、「無理をすること」が楽しくなってしまった。
いま思うと「腰痛でも走れること」「走れたこと」がよくなかったのだろう。このことは知り合いのランナーも実感していること。「意外に走れるんんだよ!」というランナーは思った以上に多い。坐骨神経痛を抱えて走るサブ3ランナーなど、周りには結構多い。
「いま、走れても、いずれ走れなくなる」脊柱管狭窄症の予備軍
狭窄症を患ったら、フルマラソンどころか、30分のウォーキングですら辛い。
年令を省みず「無理したこと」、さらに2020年から続いているコロナ禍がランニングライフに大きな影響を及ぼすことになる。(続く)
撮影日:2019年10月「いわて盛岡シティマラソン」
59歳10ヶ月 タイム 3:27:56